だからイーノはヒョウ皮のジャケットを着たのです
o-wa Room Monthly Schedule誌上で新たにスタートした
毎号引き継ぎでライターが変わるリレー式のコラム。
第5回は前橋のリアル20世紀少年のこの人!
1972年10月8日だから14才になったばかりの、日曜午後4時15分。フジテレビで生放送された「リブヤング」のことなら、よく憶えている。今野雄二がビーバーと進行してたやつ。
拓郎の「結婚しようよ」やら、陽水の「傘がない」やら、ガロの「学生街の喫茶店」やら、女々しいフォークばかりが教室ではもてはやされて、「ジギー・スターダスト」やら「ザ・スライダー」やら「トランスフォーマー」聴いて、ひとりあの屋上に離脱していた中ニの少年が、「あれま」って驚いたキャロルのデビュー。ジョニー大倉がやたらカッコよくて、「ついに日本も」って思ったあの日 …。
そして、みんな揃って同じレコードを買うようになったのもあの頃。
音楽が中学生まで含んだビジネスになって、フォークが社会に対してのアンチではなくて、ソフトなお茶の間歌謡になり、ロックが様式になって自己模倣ばかりを繰り返す事になるあの頃。
考えてみればブライアン・フェリーが正統リーゼントではなく変形リーゼントで、黒の革ジャンではなくてトラ柄のジャケットで「リ・メイク / リ・モデル」を歌った時から、ロックは終ってはまた始まるルーチンなお仕事になったのかもね。
誰か、トドメを刺しちゃってください。
(TEXT BY 小見純一 : フリッツ・アートセンター/シネマまえばし)
2012/03/20 [火] | 23:44 | Relay Column